コンセプト
小江戸蔵里は、旧鏡山酒造の建築物を当時の面影を残しつつ改修した施設です。
市民と観光客との交流、地域の活性化を図るとともに、川越市の物産等を楽しんでいただく新しい名所として、平成22年(2010年)10月に誕生しました。
施設は明治・大正・昭和の時代に建てられた酒蔵を改装し、国の登録有形文化財に指定された「おみやげ処(明治蔵)」「まかない処(大正蔵)」「ききざけ処(昭和蔵)」の3つの蔵と、「つどい処(展示蔵)」で構成されています。
なお「小江戸蔵里」という名称は、川越の江戸情緒を残す「小江戸」、蔵造りの街並みを表す「蔵」、人々が気軽に立ち寄れてくつろげる心のふるさと「里」という意味を込め、公募により選ばれました。

『小江戸蔵里(こえどくらり)』のシンボルマークにも使用している鬼瓦は、棟の末端に付ける雨仕舞いの役割を兼ねた装飾用の瓦です。鬼瓦は奈良時代頃から発達し、寺院建築を中心に普及しました。室町時代以降は、激しい形相こそ強い力の表れと考えられ、角は徐々に大きくなり、鼻・口も大きく両側に開き、その表情は激しさを増していきました。江戸時代以降、民家建築に採用されるようになると、鬼面だけでなく、それぞれの家紋や防火のためのまじないとして「水」の字、富を願う「福槌」を入れるなど、さまざまな意匠が取り入れられました。




新富町1丁目の山車 徳川家光
毎年10月に開催される川越まつりは、江戸と川越の職人によって完成した、華麗な江戸系川越型山車が数多く登場します。市内各所に山車庫が点在しますが、施設内にある山車庫では新富町1丁目の山車がご覧頂けます。二重鉾、四つ車、唐破風付きの囃子台で廻り舞台。人形は川越にゆかりのある徳川三代将軍徳川家光で、黒字に三葉葵の紋が浮かぶ立位束帯姿です。
歴史
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鏡山酒造の成り立ち
安政7年(1860年)頃、「久星(きゅうぼし)」という屋号で酒造業をはじめ、その後、明治8年(1875年)頃に現在地へ酒蔵を建設、鏡山酒造を創立しました。
以降、平成12年(2000年)9月に廃業するまで約100年間、川越市を代表する造り酒屋として多くの人々に親しまれました。
今も明治蔵に残る「久星」のマーク
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鏡山の由来
滋賀県琵琶湖のほとりにある山の名前から由来しています。歌人「藤原定家」の秀歌のひとつに「鏡山映れる波の影ながら空さえ凍る有明の月」という歌がありますが、ここにある美しい詩情豊かな景観こそ鏡山のルーツです。
名前の由来「鏡山」(滋賀県竜王町)
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各蔵の酒づくり
酒造りは、麹づくりから仕込み、搾り、出荷へと段階的に進みます。
まず明治蔵の麹室(こうじむろ)で麹がつくられ、次に昭和蔵で「酒母(しゅぼ)」や「もろみ」の仕込みが行われます。
その後、明治蔵で上槽(搾り)・調合・濾過を行い、酒として仕上げられます。
最後に大正蔵で貯蔵や瓶詰め、梱包が行われていました。
昭和初期の蒸米の作業風景

